ルーティン。






閉塞感が心を支配している。先の見えない状況は今までも何度もあった。ただ、昨今の世相を鑑みるに、今までとは明らかに違う世界の状況に、そこはかとない不安が終始心をよぎる。

「参ったな・・・。」

散らかったテーブルを探りLuckyStrikeのシガリロを咥えると、BIGのライターのフリントを擦り火を付ける。深く煙を吸い込みニコチンが血液にジワリと吸収されてゆく感覚をゆっくりと味わい、そっと息を吐く。

時折訪れる、圧倒されるような孤独感と焦燥を伴う不安は、規模の大小を問わず事業を営む者にとっては日常であり、そのいなし方は良く分かっている。

短かくなったシガリロを灰皿に押し潰すと、ゆっくりと立ち上がる。

メタリックカラーのジェットヘルにBarstowのゴーグルをセットし、柔らかいシープスキンが手に馴染みはじめたレザーグローブを掴む。最近手に入れた60/40クロスのジャケットに腕を通し、玄関先にドカリと座り込むと、くたびれた8インチダナーライトのシューレースを縛り上げる。

この一連の動作に、僕はとりわけ時間をかける。日常から非日常へ・・・なんて、青臭いことを言うほど若くはないけれど、僕にとってはバイク乗りになるための儀式であり、とても大切なルーティンなのだ。

扉を開くと、しんと静まり返る早朝の澄んだ空気を吸い込む。玄関先では、じっと出番を待つ古いBMW。こいつのカバーを外す瞬間が、僕はたまらなく好きだ。

ところどことろに小キズやヘコミが目立つ1989年式のR100GSに跨がるとスタンドを払い、キーを差し込んでONへ回す。信じられない程華奢で小さなセルボタンをそっと押し込みつつアクセルを少し開けると、ドルンドルンと重々しくシリンダが動き、車体が左右に揺さぶられる。まるで身悶えするかのように股下で何度か鼓動を繰り返し、おもむろにブロロローとエンジンが目覚める。

「さて、今日はどこへ行こうか。」

ギヤを1速に入れてアクセルを少し開けながらクラッチレバーをそっと離すと、R100GSはのっそりと動きはじめた。


僕は知っている。数時間後に帰ってきた時には、憑き物が落ちるがごとくスッキリとした気持ちになっている事を。

だって、今までもずっとそうだったのだから。


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