GS五島列島カヤック旅③

 

全身がギシギシと悲鳴をあげている。昨日、激潮を漕ぎ渡り、寂れた自販機の為に峠を越えたためだろうか。それとも、いよいよ福江島から久賀島へ向かう為に、田ノ浦瀬戸を横切る島渡りを控え、どんよりとした後ろ向きな僕の心のせいだろうか・・・。

淀んだ思考とは裏腹に、これ以上ないっていう程の快晴が広がる福見の浜。まったく、お天道様はいい気なもんだよ。




重い身体をひきづりながら、カヤックにキャンプ道具のパッキングを済ませると、どうにかなるさと意を決して漕ぎ出した。

今日の行程が、今回のルート上では最も難関となる。田ノ浦瀬戸の横断だ。島の間から流れ出した潮流が外洋に向かってドーンと流れ出る。そこに、島つたいに満ちてきた潮流とぶつかろうものなら・・・終了。

なるべく満潮と干潮の境目の潮止まりを狙って、海峡を速やかに横断する作戦の決行だ。

もはや、事ここに至っては、腹をくくるしかない僕は、仲間となるべく離れないように心がけながら漕ぎ進んでゆく。

岬を越えて、いよいよ田ノ浦瀬戸の海峡にさしかかる。

ん? あれ?! なんだかえらく穏やかじゃないの。これってもしかしてひょっとすると、最高のツーリング日和なんじゃないの?!

萎縮していたチキンハートは一気に緩み、群青色をたたえた五島の海が優しく僕を包み込む。 やっとだよ。 やっと、この海を漕げて幸せだと思うことが出来るよ。憧れていた五島列島。僕と同じ思いを抱きながら、それでも国内では相当の難易度であるこの海に、なかなか漕ぎ出せないパドラーも多いと思う。

そんなAランクの海を、僕みたいなヘタレパドラーが最大5ノットを越える激潮地帯を悠然と漕いでいるなんて、なんだか不思議だ。


田ノ浦瀬戸を右手に見ながら、それでも潮の満ち干きや風の影響で状況がコロコロ変わる五島列島の海なだけに、なるべく速やかに、緊張感を持って漕ぎ進む。

ツアーリーダーの大瀬さんも、当然その辺はしっかりとジャッジしてくれていて、

「少しペースをあげて行きましょう!」

っと、皆をいざなう。

順調に瀬戸を横断しながら、青い空と紺碧の海にゴキゲンなパドリングをしていた僕の進行方向には、嫌な予感しかしないタイダルレースがうっすらと見える。

潮のぶつかるところにできる、波面が毛羽立ち荒れた状態になる海の帯だ!

おそらく、島の間を流れた出た潮流と、島の外を流れる潮流があのラインでぶつかっているのだろう。 そして、どうやらその激潮地帯を越えなければ、岬の影の安全地帯にはたどり着けないようだ。

できれば戻りたい。 でも、潮の早いこの五島列島では、うまく潮流をつかんで漕ぎ進む必要があり、すでに潮のベルトコンベアに乗ってしまっている我々には、戻るという選択肢は無い。

「潮目に入ります。気合入れて行きましょう!!」

先頭をゆく大瀬さんからの、聞きたくもない状況報告。 あぁ、やっぱりそうだよね。このまま何事もなく漕げるほど、この島々は甘くはないよね・・・。

ほわんほわんと上下していた優しい波が、急激にその角度を増してゆく。パドルを握り直して激潮地帯に突入した。

ぐわぁ~~~!!! なんじゃこりゃ~~~~!!!!!

鋭角の巨大な三角波が、前後左右から何の規則性も無く襲い掛かってくる。急激に持ち上げられたカヤックは、一瞬の後に波の谷間に突き落とされる。波に角度が有りすぎて、パドルを水面に突き刺せない状況が度々訪れる。

どりゃぁ~~~やめろ~~~やめてくれくれぇ~~~!!!


これ、完全にあかんやつやんっっっ!!!!(泣


あちらこちらで波と波がぶつかり、どっかんどっかんと言っている(ような気がする)

もはや、為す術もなくバウ(船首)やスターン(船尾)が波に蹴飛ばされ、進路を維持することも困難な状況。そんな中、前をゆく人達が、時折カヤックの後半分くらいを海面から突き上げながら、大波を越えてゆく。

必死で食らいつきながら、時折ちらりと脳裏によぎる『沈』の文字。でも、もしここで沈したら、確実に再乗艇を決める自信は・・・無い。 仮にひっくり返ったカヤックを起こして、なんとかその上に這い上がれたとしも、コックピットに乗り込んでビルジポンプで排水している間に、ドッカ~ン!!! っと波に突き上げられて、再び沈しちゃうだろう。

その辺は、過去に参加した冬の日本海合宿で身にしみてわかっているだけに、鬼のような形相で漕ぎ進む。


こちとら命かかってんじゃぃ!! 
どりゃぁ~~~~~!!!!!


おそらく、時間にすれば30分もなかったその激潮地帯。でも、僕にとっては永遠とも思えるような痺れる経験だった。

無事、ヤバイ海域を漕ぎ切り、早く岬を周り込んで安全地帯へと逃げ込みたいと切望する疲弊の極地にある僕。
しかし、そうそう甘い汁は吸わせないよ。と、五島の島々が悪魔の微笑みを投げかける。

漕いでも漕いでも進んだ気がしない。嫌な予感を振り払い、山立て(近くの山と遠くの山に目印をつけて、その山の重なり方で方向を見定める)しながら、パドルをかき回す。

おぃおぃ、これって・・・なんも進んでね~よ・・・(号泣)

目の前に見える静かな湾。すぐそこにある天国を目前にして、なかなかたどり着けないもどかしさったら無い。それでも、必死に腕を振り回してカヤックに推進力を与え続けると、ジリジリと牛歩の如く、天国が手繰り寄せられていく。

朝8時に福見の浜を漕ぎ出して2時間余り。10時過ぎに久賀島の北の入江にある猪之木の小さな漁港に逃げ込んだ時には、今までに感じたことの無い疲労感で崩れ落ちそうになったけど、それを遥かに超える安堵感と充足感に包まれて、僕は心から幸せだった・・・。

なんてことは全然ない!!(キッパリ!)


死ぬかと思ったぞぉ~!!!! ヽ(`Д´#)ノ ムキー!!







その後、潮が引き始めた奈留瀬戸をすべり降りるように漕ぎ進み、途中、蕨(わらび)の漁港の自販機で、冷えたコーラにありついてなんとか生き返った僕は、久賀島つたいに南下して、南東に開けた巨大な浜で、パドルを置いた。


迫る障害が大きいほど、それを乗り越えたとき、人は満たされるはずなんだけど、今思い出しても、ちょっとたじろぐ程の恐怖を覚える。



でも、あの海を乗り切ったんだから、少なからず、僕のパドリングスキルは上がっているはずなんだけど、まるで実感がないのが・・・悲しい。



その夜、例のヌカカの强烈な来襲と、ヤブ蚊の猛攻にさらされた僕は、とっととテントに逃げ込んだのだった。





つづく


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