オートバイと僕と旅。

livedoorblog『だからカワサキなんだ。』2008/03/12より転載


それは2002年の初夏だった。

長男誕生と共に、毎日成長してゆく息子に喜びを感じつつも、それまで当たり前にあった自分の時間というものが突如なくなった事へのストレスを溜め込みつつあった僕は、破壊の限りを尽くす小さな巨人(息子)に翻弄される日々に生活をかき乱されていた。

折しも転職して数年が経ち、負う責任は日々重く僕の双肩に容赦無くのしかかり、八方塞がりの袋小路に迷い込んだような閉塞感を感じる日々を過ごしていた。

このままではいけない。大切なものを失いかねない。そんな焦りを抱いていた僕はとにかく変化を、そして刺激を求めていた。

そんなある日、突如沸き起こった猛烈な衝動に突き動かされるように、ママちゃんの反対を押し切って、雪国では生活必需品である車を売り払った僕は、代わりに自動二輪の免許証と、非力な単気筒250CCのオートバイを手に入れた。

今でも鮮明に覚えている。初めて手に入れた愛車カワサキにまたがり、バイク屋さんを後にして、自宅へと続く国道をトコトコと走り始めた時の、腹の底から沸き上がってくる震えるくらいの高揚感。

目の前を塞いでいた天をも貫く巨大な扉が、『ギギギィ・・・』と大きな音を立ててゆっくりと開き、その先に果てしなく続く自由への一本道が見えたような開放感。

よくオートバイをして、自由な翼と例えられるけれど、僕にとってのカワサキは、まさにそんな感じだった。

その日から、唯一の移動手段となったカワサキと共に、雨や嵐、雷や雪にかかわらず、僕は通勤に、買い物に、そして旅の相棒として毎日を共に過ごした。

ときには歴史的な台風で、一瞬のうちに二車線向こうまで吹き飛ばされたり、アイスバーンでブレーキが効かず、絶叫とともに赤信号に突っこんだり、雪深くとても走れない積雪の道に息をきらせてオートバイを押して歩いている姿を、小学生の坊主に笑われたりしながらも、僕はカワサキだけで過ごした。

さすがに見かねたママちゃんが、車を買うように勧めるまでの一年間、僕はカワサキとの濃密な時間を過ごした。そんな相棒との苦楽の日々を過ごしながら、自分が今立っている場所と、これから歩むべき道を再確認したように思う。

今でこそ、『漂うように旅がしたい。』を人生のテーマとして掲げ、国内はもとより、海を越えて旅のステージは徐々に広がりつつあるけれど、そのすべてのはじまりがあのカワサキだったんだよな~。


そうして旅に目覚めた僕は、オートバイ、キャンピングトレーラー、シーカヤック、バックパッキングと旅のスタイルを広げつつ、事あるごとにママちゃんに言い訳を取り繕っては色んな場所にでかけ、たくさんの人と出会った。

そして、そんな経験を通じて、人生は楽しむものであり、仕事は生きていく為の術でしかないということ知り、さらに、楽しみは自分の行動範囲の中からしか見つけることはできず、視野を広げることこそが人生を豊かにしてくれるという事を旅から学んだ。

今僕は、全力で人生を楽しんでいる。


「死ぬこと以外はかすり傷。」


これからも、人と出会い、風景と出会い、いつまでも感動できるピュアな少年の心を忘れずに、旅を続けられたらいいなぁ~♪


だから、旅はやめられない。 (*´ω`*)

コメント

人気の投稿